朝日新聞掲載

平成17年10月15日

-医療制度改革-目指すべき4つの方向

九州大学大学院 消化器・総合外科(第二外科)
前原 喜彦 

 日本は世界一の長寿国となったが、その要因として優れた医療制度を挙げる意見は多い。現在、医療制度改革が進む中で、診療報酬が大幅に引き下げられ、改革の名のもとに国民の命が削られているようにも思える。

 我が国の医療費は高いのか安いのか。また、国民一人ひとりの命にどれぐらいの支出がされているのか。経済協力開発機構(OECD)加盟30カ国の医療費に関するデータ(03年)によると、医療費の対国内総生産(GDP)比は、米国の15%、ドイツ11・1%などに比べ、日本は7・9%で17位と決して高くない。

 急性虫垂炎の手術を受けた場合、その費用はニューヨークの240万円、ロンドンの120万円に対し、日本では20万円と低額である。入院部屋代は欧米では軒並み高額だ。日本では安い医療費で大きな医療効果を上げている。我が国の医療費の支出が膨大であるかのように受け止められているが、決して高くない。

 医師をはじめ医療関係者は、朝早くから夜遅くまでぎりぎりの人数で一生懸命働き、疲弊している。ベッドの稼働率を高くし、在院日数を短くして回転をよくせよ、といった数値目標が示されているが、スタッフに今以上の仕事を強いるのは忍びない。また、手術後の回復に時間を要する症例などは、1カ月で退院できるはずがない。

 一方、進行した大腸がんに使う抗がん剤の1カ月の薬剤費は、10数万円の場合もあるが、将来承認が期待される薬を併用すると80万円を超えるケースもあり、驚くべき高額となる。実際は高額療養費制度により自己負担は軽減されるものの、しっかりとした蓄えがないと病気にもなれない。新薬開発の土壌がやせている日本の現状では、海外に頼らざるを得ない。

 医療の現場で思うことは(1)人手不足が深刻(2)医師数、ベッド数、技術料を含む医療資源の適切な再配分が必要(3)働きに見合ったインセンティブがなく、医療者個人の使命感に頼りすぎている(4)病気の進行と患者の治療効果への期待との間には時に大きなギャップがあり、満足度だけでは医療の妥当性は評価できない――といった点だ。受益者による応分の負担も考える必要がある。

 今後の医療制度改革が目指すべき方向として(1)安全で質の高い医療が実践できる場の提供(2)医療者が安心して働ける環境の整備(3)高齢者への温かい視線と家族や社会の受け皿の確保(4)未来の医療の開発に対し、産業界が積極的に投資できる体制づくり――を挙げたいと思う。皆が納得できる議論がほしい。


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