朝日新聞掲載

平成18年2月18日

-生体肝移植-血縁超えた家族愛

九州大学大学院 消化器・総合外科(第二外科)
前原 喜彦

 患者、家族の思いを強く感じる場面に生体肝移植医療があるが、他の医療と大きく異なる点は患者(レシピエント)とともに、肝臓を提供する人(ドナー)にもメスが入ることだ。両者の関係は様々だが、心に残る症例を経験したので記してみたい。

 患者は50代の女性で、20年前から慢性肝炎で治療を受けていたが、病状が悪化。余命2年で、移植以外に治療の見込みはないと診断された。当然ドナーが必要となる。前の夫との間にできた娘2人は、医学的な見地からドナーとなることは難しい。現在の夫と、その前妻の間の2人の息子がドナー候補となった。

 現在の夫と再婚したのは16年前で、息子は当時8歳と7歳。現在は24歳と23歳と立派に成長されている。患者を救いたいとの思いは強く、血のつながりを超えた家族の深い愛情を感じた。患者の血液型はB型で、夫はO型、長男はA型、次男はO型であり、血液型が合うドナーとなりうるのは夫と次男。年齢、体格など加味して次男がドナー第一候補となった。

 医師には客観的で冷静な判断が求められるが、正直言って血縁関係のない親子間の移植に我々は悩んだ。生体肝移植医療で最も神経を使うこと、それはドナーの生命の安全なのである。

 大学の臓器移植委員会の了承を得て手術の準備に入った。ドナーの手術時間は5時間半、レシピエントの手術時間は10時間だった。

 移植した肝臓が実際に働いているかどうかは、胆汁がきちんと出るかどうかで判断する。体外に誘導したチューブからカラメル色のきれいな胆汁が出はじめた時は思わず声を上げたくなる。

 術後、レシピエントは生涯にわたって免疫抑制剤を服用しなければ、拒絶反応で肝臓が働かなくなる。そのためには患者、家族の正しい理解と強い意思、そして医療側の適切な指導が必要だ。術後経過は順調で、ドナーは術後19日目、レシピエントは45日目に退院し、経過観察中である。

 本症例を通して思うことは、家族の結びつき、血のつながりとはいったい何だろうかということだ。我々日本人は血のつながりを大切にする民族であると思うし、私もその一人である。しかし、人が生きてゆく上で最も大切なことは、心と心のつながりではないかと実感する。他人同士が縁あって親子となり、人には言えない思いがあったことは想像に難くない。それでも親は子に愛情を注ぎ、子は親を慕い、固いきずなで結ばれていたものと思う。

 我々の目の前で繰り広げられる現実は、ドラマをはるかに超えた感動である。外科医冥利(みょうり)に尽きると思っている。


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