朝日新聞掲載

平成18年1月21日

-診療姿勢-あいさつは信頼を築く

九州大学大学院 消化器・総合外科(第二外科)
前原 喜彦

 あいさつは人と人との出会いの基本である。医師と患者・家族、医師と医師など、あいさつは医療行為を円滑に進めるためにも必要不可欠な行為である。

 しかし、あいさつができない、あるいはしない医師がいるのも事実である。あいさつをしない人に出会うと、せっかくの朝のすがすがしい気分に水が差され、やる気もうせてしまう。

 あいつがあいさつしないなら、おれもやらないと思う人がいるかもしれない。私が20年前、恩師の一人に「先生は相手があいさつをしないのに、大きな声でおはようと言われるんですね」と尋ねると、「あいさつは、相手がするからする、しないからしないでは、相手と同じレベルだ。相手がどうあろうと、心から笑顔でやるものだ」という答えが返ってきたことを私は忘れない。

 その人の態度や行動は心の鏡だ。患者は体の病気とともに心も病んでいる。不安、恐れ、いらだち、悲しみ、苦しみ、どう考えても平常心を維持するのは難しい。わがままで無理難題を言う患者もいる。医師には常に笑顔と広い心で、大きく包み込むような人間性が求められている。

 しかし、患者と一緒になってけんかをする医師も見受ける。若い医師どころか中堅クラスの医師にもいる。寛容と忍耐、それなりの人間修養も必要なのだが、人間的成長が見られない。あいさつもしないし、態度も悪い。

 これまで何度か医療訴訟の鑑定人を引き受けたことがある。医師が行った医療行為で、患者が重い合併症になったり、死に至ったり、医師の過失が争点となったものである。カルテなど膨大な資料から読み取れること、医療行為に過失があったか否かの前に、医師と患者・家族間のコミュニケーション不足、信頼関係の欠如も大きな問題であるように見える。

 医療は不確実な行為である。最善の努力をしても、結果が見えてこないこともある。その結果をどう判断するかは、医療を受ける側の感情にも大きく左右される。我々には、医療行為の前にインフォームド・コンセント(説明と同意)が求められているが、単に説明しました、同意書をとりました、捺印(なついん)をもらいましたということではない。

 医師も人間ならば、患者も人間、感情の動物である。日々のあいさつ、相手を思いやる会話を通し、医師と患者・家族間のゆるぎのない人間関係が構築され、「説明、納得、同意、そして信頼」が得られると思う。

 医師の医療に対する真摯(しんし)な姿勢、人としての誠実さは、患者に満足してもらえる医療を行う上で大きな推進力になると思う。

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